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5番

 かの女優は言った、私はシャネルの5番を纏っていると。


 私が纏っているのはただの布切れ、このステージに立つ為の私の衣装。それは私であり私ではない。

 こんなにも素敵なステージで、私は自分の声を最大限に活かし、キラキラしたドレスやボンテージを着てそのスタイルを見せ付けているのに、どうして満たされないのだろう。

「Please see me. Please feel me. Please hold me.」

 私の歌声はこのホールに高く響くのに。

「I'm lonely lonely lonely. Please stay in the side.」

 私の歌声が私に届かない。

 今日も素敵だったわと声を掛けられニッコリと笑って応えるけど、そんな言葉はもういらない。私は私が求めている物と場所が欲しい、それはきっとここではない。

 あぁ、私もあの女優のように美しくありたい、そして優雅に死にたい、でも私は一生ここにいる運命なのだろう。私が纏っているのは、5番なんかじゃないのだから。

 安アパートに帰って、化粧も落とさずベッドに潜り込む。今日は何もする気が起きない、いや、今日だけじゃない、昨日だって、一昨日だって、何もする気が起きなかった。夢を見て、憧れを持ってこの街に来たのに、私はその他大勢の一部でしかなかった。

 どこに行けば私は満足するのか、それすらも分からないけど、きっと私が活躍できる舞台はあるはずだと、何年もそう思って燻っている。

「Hey, you,Don't you dance with me? You can have a nice dream surely.」

 スポットライトを浴びて、語り掛けているのに。

「Let's tell a dream together. Let's have a dream together.」

 誰も答えを返してくれないの。

 いつかの貴方は言った、私を愛していると。それを拒んだのは私。諦められない夢を追い掛けて、貴方の手を振り解いた。後悔なんてしてないけど、もし貴方と一緒になれたらどうなっていたのかと少し考える。いいえ、きっと私はこのままじゃいけないと、飛び出していたかもしれない。結局は同じ事。

「Please touch my secret. Please touch my inside. More deeply.」

 体中が熱く滾るの。

「I'd like to feel. I'd like to feel you. Please promise that I don't separate.」

 私の言葉を落とさないで。掬い上げて、そして飲み込んで。


 私が纏っているのはただの布切れ。ただの着飾られた衣装。私が死んだらお願い、何も身に纏わせないで、だけどあの香りを少しだけちょうだい。

 かの女優は言った、私はシャネルの5番を纏っていると。




END

 
 
 

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