5番
- 青央つかさ
- 2020年10月25日
- 読了時間: 2分
かの女優は言った、私はシャネルの5番を纏っていると。
私が纏っているのはただの布切れ、このステージに立つ為の私の衣装。それは私であり私ではない。
こんなにも素敵なステージで、私は自分の声を最大限に活かし、キラキラしたドレスやボンテージを着てそのスタイルを見せ付けているのに、どうして満たされないのだろう。
「Please see me. Please feel me. Please hold me.」
私の歌声はこのホールに高く響くのに。
「I'm lonely lonely lonely. Please stay in the side.」
私の歌声が私に届かない。
今日も素敵だったわと声を掛けられニッコリと笑って応えるけど、そんな言葉はもういらない。私は私が求めている物と場所が欲しい、それはきっとここではない。
あぁ、私もあの女優のように美しくありたい、そして優雅に死にたい、でも私は一生ここにいる運命なのだろう。私が纏っているのは、5番なんかじゃないのだから。
安アパートに帰って、化粧も落とさずベッドに潜り込む。今日は何もする気が起きない、いや、今日だけじゃない、昨日だって、一昨日だって、何もする気が起きなかった。夢を見て、憧れを持ってこの街に来たのに、私はその他大勢の一部でしかなかった。
どこに行けば私は満足するのか、それすらも分からないけど、きっと私が活躍できる舞台はあるはずだと、何年もそう思って燻っている。
「Hey, you,Don't you dance with me? You can have a nice dream surely.」
スポットライトを浴びて、語り掛けているのに。
「Let's tell a dream together. Let's have a dream together.」
誰も答えを返してくれないの。
いつかの貴方は言った、私を愛していると。それを拒んだのは私。諦められない夢を追い掛けて、貴方の手を振り解いた。後悔なんてしてないけど、もし貴方と一緒になれたらどうなっていたのかと少し考える。いいえ、きっと私はこのままじゃいけないと、飛び出していたかもしれない。結局は同じ事。
「Please touch my secret. Please touch my inside. More deeply.」
体中が熱く滾るの。
「I'd like to feel. I'd like to feel you. Please promise that I don't separate.」
私の言葉を落とさないで。掬い上げて、そして飲み込んで。
私が纏っているのはただの布切れ。ただの着飾られた衣装。私が死んだらお願い、何も身に纏わせないで、だけどあの香りを少しだけちょうだい。
かの女優は言った、私はシャネルの5番を纏っていると。
END
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