生活
- 青央つかさ
- 2020年7月24日
- 読了時間: 3分
そういえば、ご飯を炊いていない。
やっと夕食の準備が終わったと思ったのに、肝心な主食を忘れていた。旦那が帰ってくるまで四十分。ギリギリ間に合うか。
重い腰を上げて立ち上がり、米をざるに入れる。米を研ぎながらふと考える。
私は、何故こんな生活をしているのだろうか。
付き合い始めの頃は、とても幸せだった。いつまでも甘い時間が続くと信じ、結婚の約束をし、同棲をした。
同棲してから何度か喧嘩をしたものの、直ぐに仲直りして、より深い絆を結んだ。
結婚して、同じ苗字になった事に感動し、よりいっそう彼に尽くすと決めた。
現在、結婚九年目、そろそろ十年を迎えようとしているが、旦那との関係はすっかり冷めてしまった。
結婚当初はセックスもしたし、いってらっしゃい、おやすみ、のキスもしていた。一緒にお風呂にも入ったし、食事の献立も考えに考えぬいた物を出していた。今思うと、少し熱過ぎたのかもしれない。
セックスも無く、キスも無く、お風呂も別、挙句の果ては寝室まで別。こんな生活を続けていて、私にメリットはあるのだろうか。
そりゃ、旦那は外で稼いでくれて、私を養ってくれている。しかし、世間体だけで私の傍にいてくれなくてもいい。
帰ってきた旦那のスーツから、香水の香りがする。メールや電話は私の前でしない。やけに多い出張。この前は、ポケットにピアスが入っていた。
この状況で、旦那を庇う人間はいないだろう。
「ただいま」
「おかえり。ごめんなさい、お米まだ炊けてないから、お風呂先に入ってて」
「分かった」
スーツやシャツを脱ぎ散らかし、浴室へ向かう旦那。私はそれの処理に当たる。相変わらず、スーツからはいい香りがして、なんだか苛々してくる。
お風呂に入っている間、料理を温め直し、テーブルに並べる。旦那が顔を見せる頃にはご飯も炊け、向かい合い、無言のまま、食事が始まる。
「……今日、実家からお米が届いたの」
「へぇ」
「明日、オムライスか炒飯にでもする?」
「うん」
たった一言だけの返事。虚しくて、虚しくて。
「オムライスにするなら、玉ねぎと鶏肉買ってこなくちゃね。好きだよね、オムライス」
「うん」
あぁ、本当に、何故私はこんな生活をしているのだろう。誰か教えて。
夕食が済んだ後、当たり前のように旦那は寝室へ籠る。誰と話しているか知らないが、楽しそうな雰囲気はこちらにも伝わってくる。
私は薄暗いキッチンで食器を洗いながら、微かに聞こえる楽しそうな声を聞いている。
自分の部屋に置かれた離婚届は、いつ使うのだろう。数年前から用意していたそれは、所々黄ばんでいる。それ程長い間手元にあるのに、一向に使われる気配は無い。決断力が失われていく。
洗い物を終え、私は夫の部屋へ向かう。ノックをして扉を開けると、怪訝そうな表情の夫がいる。
「ねぇ、来月、結婚して十年になるの。何かお祝いしない?」
「もうそんなに経つのか……でも、来月なんて急だよ、出張の予定だって入ってるんだ」
「家で、ちょっといいモノを食べるとか、そんなのでいいの」
「……まぁ、考えてみる。今日は俺、もう寝るから」
「分かった、お願いね」
扉を閉める。再び会話する声が聞こえる。私はリビングのソファに座り、電源の切れたテレビを見つめて……
「疲れ、ちゃった」
END
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