残り香
- 青央つかさ
- 2020年7月24日
- 読了時間: 2分
夜は、冷たく、寂しい。
自縄自縛という言葉くらい、私だって知っている。全部私が悪いの。だけど、それでも貴方を失いたくはなかった。
毎日話をした。毎日メールをした。手を繋いで、一緒に歩いた。夜は抱き合い、体温を感じた。シーツに皺を寄せながら、貴方は私に笑い掛け、優しく髪を撫でてくれた。その後の口付けはとても甘い。すべて、すべてが愛おしい貴方。
何故、すべてを残して行ってしまったの?
真夜中、ふと目を覚ますと、貴方の寝顔がそこにあった。隣にいるだけで、その寝顔を見ているだけで、どれだけ安心出来たか、どれだけ幸せだったか、貴方は分かる? もう戻れないと分かっているのに、私は記憶を手繰り寄せ、冷たい夜を泣きながら過ごす。
すっかり依存していたのだと思う。貴方無しでは生きられない程に、弱い生き物になっていた。もし、私がいなかったら、貴方は貴方の世界を伸び伸びと生きていけたでしょうね。今更になって、どれだけ重荷になっていたのか知るなんて、なんて馬鹿なんだろう。好きだけで上手くいく訳がないのに、その時の私は気付かなかった。
だけど、だけど、貴方だって酷いのよ。あんなに愛し合って、それでいて残り香を置いて去ってしまった。笑顔、困った顔、泣き顔、怒った顔、私をみつめる瞳、大きな手、厚い胸板、体温、全部残していくなんて、残酷な事をしないで。
ねぇ、どうして貴方という記憶を植え付けたの?
ねぇ、どうして貴方の存在を消してくれないの?
ねぇ、どうして貴方の残り香を置いていったの?
去ってしまうなら、最初からいらなかった。すべて泡にしてほしかった。温もりも、優しさも、心地良さも、私の中から消して。
夜は、冷たく、寂しい。
私は追い縋る、貴方という幻想に。
END
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