パズル病
- 青央つかさ
- 2020年9月14日
- 読了時間: 3分
最期に過ごすのが貴方で良かった。私は心からそう思う。
私がパズル病と診断されたのは半年前の事だった。この病気はその名の通り、死ぬ間際にパズルのピースとなって朽ち果てる。この病に患った人の余命は、三ヶ月から半年となる。
私には結婚前提の彼氏がいる。最初に私がパズル病と診断された時、私は彼に別れを告げた。しかし彼は引き下がらず、今すぐにでも籍を入れようとすら言ってきた。嬉しさに涙をぽろぽろ流しながら、彼を抱き締めたのを覚えている。
それから私たちは最期を迎えるまで、様々な事をした。日本一周とまでは行かずとも、好きな場所へ旅行をして、思い出に写真を撮って、ちょっといいホテルに泊まってゆっくり過ごして……それは幸せな時間だった。初めて出会った場所で、私の誕生石であるアメジストの指輪を渡されて再びプロポーズされた時は感動すらした。
そうやって彼と過ごした時間を大切に、私はこれから死ぬ。自分の体が段々と弱っていくのが分かるのだ。
「ねぇ、今から遊園地に行こう?」
最後の願いを彼は笑顔で聞いてくれた。デート服に着替えてちょっとお化粧をして、彼と手を繋いで家を出る。
子供のように二人ではしゃいで、アトラクションを楽しみ、ちょっと休憩してアイスを食べたり、広場でショーを楽しんだり、今日は特に素敵な日だと思った。
「ねぇ、私と一緒にいてくれて、ありがとう。貴方がいてくれて、私は本当に幸せだったよ」
観覧車から外の景色を眺めながら告げると、彼は寂しそうな笑顔を浮かべた。
「君がいてくれたから、俺が俺でいられるんだ。感謝するのは俺の方だよ」
なんて優しい人なのだろう、そして、なんでこんな人を残して私は消えてしまうのだろう。それはとても悲しくて辛い。
「見て、夕日が綺麗」
「本当だ、ここからだと夕日も映えるね」
夕陽が彼の横顔を赤く照らす。眩しくて表情がよく見えないのに、何故か泣いてるように見えた。
「もうそろそろ、閉園だし、降りたら帰ろうか」
正面を向いた彼の目には涙は無く、気のせいだったのだろうかと思った。
「そうね、楽しかったよ、ありがとう」
観覧車から降りて、手を繋いで遊園地から出ようとすると、自分の足に力が入らない事に気が付いた。あぁ、来たのだ。そう直感した。
「ねぇ、お願い、私の事、抱き締めて」
服の裾を掴み強請ると、彼は何も言わずぎゅっと私を抱き締めてくれた。
「愛してる、愛してるの。本当は怖いの、離れたくないの」
「分かってる、分かってるよ。俺だって君を失うのが怖いんだ」
死を覚悟した時から恐怖なんて自分の中から消し去ったはずなのに、このまま彼と離れてしまうのが、とても恐ろしく感じた。
「このまま抱き締めていて、お願い、最期のお願いだから、このまま……」
「愛してる、俺も愛してる。これからもずっと、君を愛してる」
神様がいるのなら、私は問いたい。何故私だったのかと。何故愛しい人と別れなければならないのかと。
ぱらぱらと地面にパズルのピースが落ちていくと共に、足の感覚が無くなっていく。
「貴方に出会えて、良かった」
「俺も、俺もだよ……」
ピースが徐々に下半身を侵し、上半身も溶けてゆく。
「愛してる、プロポーズ嬉しかったよ、いっぱい言いたい事があるのに、何も言えないや……」
彼は私の肩に顔を埋めて小さく頷いている。
「幸せになってね」
ぱらぱら、ぱらぱら、ピースが崩れていく。あぁ、死というのはこんなにも穏やかなのだろうか。
残ったピースは砂と変わり風に吹かれて攫われた。彼の手に残されたのは、アメジスト。
END
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