ゆきずりと愛
- 青央つかさ
- 2020年11月3日
- 読了時間: 7分
ラブホで悠々と煙草を吸う私、隣で寝ているのは可愛い女の子。
「あの、次も良かったら会ってもいいですか?」
「あぁ、ごめん、一度寝た子とはもうそれきりにするって決めてるから」
泣き出しそうな女の子を尻目に、私は着替えてホテルの清算をする。
ラブホを出て夜の街へ繰り出す。可愛い女の子はいないかと、さっきラブホから出たばかりの私はもう既に人を漁っている。
私は所謂レズビアンというやつで、ヤる対象はもっぱら同性だ。しかし、お付き合いというのはした事が無い。この性欲が満たされるなら、見た目がある程度ストライクであれば、一晩限りの夢を見たい。
適当なバーでどの子がいいか目で漁ってた時、その子はカウンターの奥まった場所でお淑やかにお酒を飲んでいた。私は直ぐに声を掛けようと、彼女の隣に座った。
「一人で飲んでるの?」
「あ、はい、そうです」
最初は女でも警戒されるのは分かっている、それをどうするかが私の腕の見せ所だし、過程が面白い。
「私も一人なんだけど、良かったら一緒に飲まない?」
「別に、いいですけど……」
「一杯奢るからさ、一人で飲むの寂しくて」
「そんな、初対面の人に奢って貰うなんて申し訳ありません」
「お願い、ここは私の顔を立てると思って」
「……ふふ、それって、男の人のセリフだと思ってました」
手八丁口八丁でファーストコンタクトは上手くいった。あとはここからどうやってホテルに持ち込むかだ。
彼女の名前は恵《めぐみ》と言って、私より5つ下の女の子だった。私が話す度に恵は丁度良い相槌を打ち、打てば響くというやつなのだろう、思った以上に話が面白かった。目の前の彼女をお持ち帰りする事なんて忘れてしまう程、恵は楽しい相手だった。
「恵ちゃんは、彼氏はいないの?」
本当に忘れてしまう前に、これだけは確認しておかなければならない。
「いいえ、現在フリーです」
ノンケだろうが可愛ければお持ち帰りするのが私なのだが、相手がいる場合は別だ。
「そっか、それは良かった。私もフリーなんだけど、どう? 今夜一緒に楽しまない?」
ふざけて反応を見れば、恵は私の顔をじーっと見つめてから、ニコリと笑った。
「那奈《なな》さんは、そっちの方なんですか?」
どういった笑顔だったのか分からず、少し戸惑ったが、いつもの調子で頷く。
「そう、私はそっちの人。恵ちゃんが可愛くてナンパしてるところ」
「女の人にナンパなんて、初めてされました。でも、私フリーですけど、好きな人はいるんです」
なんだ今日は不発か。そう思ったが、恵はまた私の顔をじっと見つめると、そっと肩にしな垂れかかってきた。
この子は、私がいつもナンパしてきた子たちとは違う、何かを持っている。
「好きな人、私も女の人なんです。告白したけど、振られちゃって、でもまだ好きなんです」
「そう、なんだ……それは辛かったね」
肩に置かれた頭を撫でながら告げると、恵は甘えたように私の手に擦り寄る。私のペースが乱されるのを感じた。
「好き、なんです」
ドキ、とした。その言葉は私の見も知らない人へ宛てた言葉なのに、私の心臓が脈打つのが分かった。
「じゃあ、さ、私をその人だと思って、してみない?」
恵の顎に手を添えると、そっと口付ける。酔っているのかそれとも何を企んでいるのか知らないが、恵もその口付けに応えた。よし、調子が戻ってきた。
「那奈さんは、私をどうしたいんですか?」
「え?」
「どうせ一晩限りだから、適当に言ってるだけでしょう?」
心を読まれたようだった。また私の調子が狂う。
「いや、恵ちゃんに関しては、違うよ。なんていうか、慰めてあげたくなるし、もし良かったらでいいんだ。別に強引に誘いたい訳じゃない」
いつもなら、女の子ナンパして、とにかく強引にホテルに連れて行ってしまえば、女の子たちは私の下で喘ぎ、淫らな言葉を口にする。それが快感なのだけれど、何故かこの子には通用しない気がした。
私はどうかなってしまったのだろうか、こんな面倒な子だと分かれば、じゃあいいやと席を立つところなのに、何故かそれが出来ない。
「ふふ、そんなに一生懸命だと、こっちが照れちゃいます。でも、那奈さんだったらいいかな」
良かった、誘いは成功した。成功したのに、何故だろう、この胸のざわざわ感は。
二人でバーを後にして、ホテル街へ向かう。その間にも恵は私の腕に腕を絡ませたり、小悪魔のような笑みを浮かべて歩いている。
ホテルに着いて、先にシャワーを浴びさせて、私は煙草を吸う。不思議な魅力のある子だ。どうしてここまで私が必死になって誘ったのかが分からないくらい。しかしナンパは上手くいったし、後はヤるだけだ。それだけだ。……自分に言い聞かせながらお風呂から出てきた恵を抱き締めて、私もシャワーを浴びる。
シャワーを浴びて裸で恵の前へ行くと、恵も裸で私を待っていた。ここでも他の女の子と違う事に戸惑いを受ける。いつもだったら、ホテルのパジャマを着て、恥ずかしそうに待ってるのが常なのだが。しかし、これはこれでいい眺めだ。
「本当に私で良かったの?」
何故だか柄にもない事を聞くが、恵は嬉しそうに頷いた。
それじゃあ遠慮なくと、私は恵の上に覆いかぶさる。まずは丁寧なキスを体中にしていく。首、腹、胸、太腿……小さい体が快感に震えているのが分かる。
どうしてだろうか、私は今、この子が愛おしい。他の女の子には感じた事の無い高揚感を与えてくれる。
自分でも抑える事が出来なかった。いつもならこうじゃない、いつもならこうしている、いつもなら、いつもなら……それが通用しない。戸惑いと私自信快感をに溺れてしまい、恵の体を蹂躙するかのように愛撫していく。
「恵、気持ちいい?」
「……うん、うん、あ、そこ、そこがいい」
二人で汗だくになりながら、私たちは溶けてゆく。恵の体が欲しい、心が欲しい、何故他の女のモノなのだろう、何故この子はこんなにも綺麗なのに、心惹かれるのに、片思いの相手とやらは、この子を突き放した。
自分らしくない思考が頭をぐるぐる巡る。完全に憑りつかれている。この子が欲しい、恵が欲しい、私の頭はどんどん犯されていく。
セックスは朝まで続いた。どうしても恵をこの腕から離したくなくて、何度も求めたし、恵もそれに応えてくれた。
やっと終わった頃には、恵はすーすーと可愛い寝息を立てて眠っていて、私はその隣で煙草を燻らしていた。
自分の感情の変化に付いていけず、頭の中をぐるぐると色々な思考が渦巻いているが、寝顔を見ると、それも全部消えてしまう。
「あ……おはよう」
目を覚まし私に微笑みかける恵を、優しく抱き寄せた。もう一度抱きたいという本能を理性で抑えて、私は告げる。
「片思いの相手がいるのは分かってる、分かってるけど、また会えないかな」
一度きりの関係、それが私のルールだったのに、自分から破りに行く。でも恵はじっと私を見つめると、ふっと笑った。
「私、やっぱりあの人が好きなの、那奈さんをその代わりにしちゃって、凄い悪い事をしたと思ってるの。もし、私と那奈さんに今後があっても、私は那奈さんをあの人だと思ってずっと抱かれるし、それは那奈さんも私も不毛な関係になってしまうと思うの。でも、那奈さんが嫌いな訳じゃないよ。とっても気持ち良かったし、少し失恋が紛れた気もしたし」
「なら……」
「でも、ダメなの、私が、ダメなの、ごめんなさい」
腕の中で恵が小さな嗚咽と共に泣き出した。私は落ち着くまでぎゅっと抱き締めて頭を撫でている事しか出来なかった。
「本当にいいの、ホテル代」
「うん、いいよ、私もう少し寝てから帰るし」
着替え終わった恵は最後に私の額にキスをすると、振り返りもせずホテルを後にした。
恋、片思い、私は初めて会った恵に惚れていたのだろう、たった数時間の中で、恵は誰よりも何よりも美しく見えた。もし、恵に片思いの相手がいなかったら? それでも私ではダメだっただろう。そんな気がする。裸のまま布団を被り、さっきまでいた恵の香りを探すが、そこには何も無かった。
今までの私の行いのせいだろうか、因果応報というやつだろうか、私は、一番手放してはいけない人を手放したのかもしれない。
年甲斐もなく涙が溢れてきた。あぁ、この恋は始まる事も無く終わってしまった。もう一度、もう一度だけ会えたら、その時はちゃんと言葉にして、ちゃんと本心を伝えたい。
きっと、そんな出会いはもう無いのだろうけれど……
END
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