狐の嫁入り
- 青央つかさ
- 2020年7月24日
- 読了時間: 2分
吐き気がする。それ程、今日はジワジワと蒸し暑い。休みだってのにどこかに出掛ける予定も無く、扇風機を付けてだらだらと一日を過ごしている。
電気代は掛かるが、やはりクーラーを入れるべきかと考えながら窓の外に目をやると、一匹の狐がてくてく歩いていた。多分、夢か蜃気楼の類だろう。ここは二階だし、こんな街中に狐が歩いている訳が無い。
だが、狐は俺へ視線を向けると、「コン」と鳴き、ぴょん、と跳ねた。まるで嬉しそうに、跳ねる、跳ねる、跳ねる。一番高く跳ねたと思ったら、そのまま一回転し、角隠しを被った花嫁姿になった。珍しい事もあるものだと眺めていると、その狐がこちらへ寄って来て、俺の前に平伏した。(実際は伏せをしてるだけだが)
これは、俺のところへ嫁ぎたいというのだろうか。……面白い。
この二十六年間、一度も彼女がいた事も、セックスをした事も無い俺が、最初に娶るのが狐とは……いい話のタネになるかな。
何も言わない俺を、狐は首を傾げて見上げる。人間とは違う可愛らしさがあって、これはこれでいいかもしれない、とか思ってしまうのは、暑さにやられたせいだろう。
「俺と結婚したいのか?」
思い切って訪ねてみると、狐は嬉しそうに数回頷く。
まさか、本当に嫁ぎに来たとは、少し驚いた。
「なんで、俺?」
聞くと狐は、前足を膝に乗せ、「コン」と鳴いた。何を言っているのかさっぱりだが、まぁ、人や狐違いではなさそうだ。
「んー、まぁ、いいか。貰ってやるよ」
そう言うと、再び一つ鳴いたあとに、ぴょん、と跳ねて一回転する。
コイツ可愛いな。でも、コイツ、とか、お前、じゃ大変だな。名前付けた方がいいのかな。
そう思って狐を見る。
「名前、どうしようか」
元々の名前があっても、動物の言葉が分からないからどうしようもない。すれば、今の質問も結局どうしようもない。さて、どうしよう。
そんな俺の悩みも、狐は鳴き声一つで吹き飛ばしてくれる。
「うん。じゃあ、ナツでいいかな? 今夏だし」
自分でも安易だと思った。でも、名前なんて早々思い浮かばない。それでも狐は嬉しそうに「コン」と鳴く。わしゃわしゃ、と頭を撫でれば、気持ち良さそうに擦り寄ってくる。
……うん、面白そうだし、いいか。
呑気な事を考えながらナツを抱き上げ、膝に乗せた。ふっ、と窓の外を見ると、ポツポツと天気雨が降り始めている。
「あぁ、狐の嫁入りって、これか」
膝の上で、ナツは小さく丸まり、寝息を立てていた。
END
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